6月10日、親が趣味でやっている畑の新じゃがをもらった。とれたては嬉しい。……のだが、今回は小ぶりで不揃いなものが多く、皮を剥くのにやたら時間がかかった。地味に、かなりの労力である。そして、この「苦労して剥いた」という事実が、のちに自分の判断を狂わせることになる。

先に白状しておくと、この新じゃが、最終的にゴミ箱行きになる。
「冷蔵庫にチーズあったな」が運の尽き
茹でた新じゃがに、とろけるチーズを絡める。旨いに決まっている。そう思って冷蔵庫を漁ると、ピザ用のとろけるチーズがあった。よし、これだ。
……袋の日付を見る。賞味期限、おそらく4月30日。今は6月10日。1ヶ月半ほど過ぎている。

普通なら、ここでやめる。でも自分の頭はこう判断した。「まあ、加熱すりゃ食えるだろう」。
“工夫”という名の悪あがき
茹でたじゃがいもをフライパンに入れ、チーズを投入。……くさい。いや、くさい気がする。
だが、ここで脳が言い訳を始める。「チーズって、もともとこんな匂いだった気もする」「賞味期限が少し過ぎてるんだから、多少匂うのも仕方ない」。炒めれば馴染むだろうと匂いを無視して、チーズを絡め、塩胡椒で仕上げて完成だ。
意気揚々とテーブルに運ぶと、人一倍匂いに敏感な嫁が一言。
「くっさー!!! 足くさっ!!!」
……足。言われてみれば、確かに。とはいえ、ここまで来て引き下がれない。とりあえずマヨネーズをかけてみる。匂いが取れるわけがない。「まあ、食えんことはないだろ……」と粘る自分に、嫁の最後通告。
「やめちょきや。腹壊すき。明らかにくさいって」
「もったいない」が、人を狂わせる
普通はここで諦める。だが、頭をよぎるのはあの皮剥きの労力だ。あれだけ苦労して剥いた新じゃがを、丸ごと捨てるのか。いや、もったいない。チーズだけ洗い落とせば、じゃがいもは助かるのでは?
そう思って、シンクで水洗いを始める。すると嫁。
「水で洗って染みついたチーズとマヨがのくわけないやろ!」
……た、確かに。じゃあお湯ならどうだ。お湯を沸かし、鍋にじゃがいもを投入する。脂は熱で落ちるはず——。
「どこまでガメツイがで!腐ったチーズ染みついちゅうわえ、やめちょき」
ようやく、我に返る
そこで冷静になり、食べるのをやめた。どう足掻いても、腐ったチーズが染み込んだじゃがいもである。嫁が、全面的に正しい。苦労して剥いた新じゃがは、とろけるチーズを道連れに、静かにゴミ箱へと消えていった。合掌。
幸い、もらった新じゃがはまだ半分残っている。後日、今度はただ茹でて、バターと胡椒でサッと炒めただけ。これが、文句なしに旨かった。こちらの記事の隅っこに写っているじゃがバターが、まさにその“成仏した姿”だ。
教訓:魚はパーシャル、でもチーズはノーマークだった
実は自分、食材の保存にはわりとうるさい方だ。昔、甘鯛を10日ほど冷蔵で寝かせて見事に腐らせたことがあって、それ以来、魚を長期保存するときはパーシャル・チルド・冷凍を使い分けている。
……なのに、チーズは完全にノーマークだった。冷蔵庫に入れっぱなしで、賞味期限すら見ていない。完全に盲点である。チーズも“寝かせる”なら冷凍だな。(そもそも寝かせる必要があるのかはさておき。)
そして何より——明らかに異臭がするものは、素直に捨てる。「加熱すれば」「洗えば」「もったいない」は、腐ったチーズの前ではぜんぶ無力だった。今日も、嫁の鼻に感謝である。


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